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43歳無職から介護士へ。起業、転職、失業、全てを経験した「ままる」が語る「幸せな生き方」とは?

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【昭和のバレンタインの思い出】恐怖のバレンタインデーで僕があやまりたかったこと

こんにちは。無職から派遣看護助手に転職した、ままるです。

もうすぐバレンタインデーですね。

今ではすっかり、おじさんが深まってしまったままるですが、大昔はバレンタインデーに女子からチョコレートを頂いていた時期がありました。

およそ30年も前の話です。

当時のバレンタインデーをいま思い返してみると、そこには自分なりに大きな「心残り」があります。

今日はこの場を借りて、30年の「心残り」を少しでも懺悔したいと思います。

今日はそんなお話です。

LOve

昭和の恋愛と平成の恋愛の違い

これはもう一言ですね。

「LINEがあるか無いか」

です。

昭和の我々世代の青春には「インターネット」は存在しませんでした。

それ故に、すべてのコミュニケーションは「アナログ」なわけです。

今の10代20代の方々には、想像も出来ない世の中でしょうね。

 

昭和の時代、唯一のコミュニケーションツールは

「家電」

です。

しかし、中学生、高校生の恋愛において大きな障害となるのが、相手の家の「親」です。

彼女の家に電話をかけると「親」が電話に出るわけです。

当時のシャイな若者達は、そこで電話を取り次いでもらう勇気がありません。

それ故に、相手の親が電話に出てしまった場合

「無言で電話を切る」

という行為に出てしまいます。

これは意図的にやっているわけでは無く、気がついたら受話器を戻しているという感覚です。

相手の親御さんに対して、大変失礼な行為だったと今になれば反省出来ますが、当時はどうにも出来ませんでした。ごめんなさい。

バレンタインデー当日の憂鬱

今では自分でも信じられませんが、僕はバレンタインデーが憂鬱でたまりませんでした。

当時は世間的にも「恋愛」が今ほどオープンでは無かったし、女子が近づいてくるだけでなんだか気恥ずかしかったんですね。

僕は中学生の時に、初めて女子と交際しますが誰にも公言していませんでした。

それは僕だけではなく、周りがみんなそういう風潮だったように思います。

バレンタインデーに女子からチョコレートを貰えるのは、嬉しい気もしますが、恥ずかしい気持ちの方が大きく、なんだか複雑な気分だったように思います。

人生最大のモテ期

「モテ期」というものが存在するのならば、僕にとっての最大の「モテ期」は中学2年から3年くらいだと思います。

もう思春期まっただ中ですね。

今のようにネットが発達した世の中であれば、恋愛についても様々な情報が手に入る事でしょう。

しかし時代は完全に昭和です。

情報がまったく無いのですよ。

なので、女子から告白されても

「どうしたらいいか分からない」

という状態なのです。

嬉しいような恥ずかしいような、自分でもどう処理したらいいか分からない気持ちだけが残って、せっかく勇気を出して告白してくれた女子達に、なんのリアクションも返せずに終わっていました。

恐怖のバレンタインデー当日

その当時のバレンタインデー当日。

まず学校について、自分の机に座ると引出しの中に知らない包みがいくつか入っています。

そこにはあからさまに差出人の名前は無く、僕からすると謎の包みです。

これはもう恐怖の始まりです。

そのいくつかの包みを、机の上で開封する勇気もないので、誰にも知られずにとりあえずかばんにしまい込みます。

次に恐怖が待っているのは昼休みです。

昼休みになると、どこからともなく女子が僕に近づいて来ます。

その女子は、普段から明るくお笑いキャラの立ち位置の子で、その子が本命ではありません。

その子は「刺客」なのです。

「○○ちゃんが体育館裏で待っているから行ってあげて」

というメッセンジャーなわけです。

これはもう行かないわけにはいきませんので、しぶしぶ体育館裏に行ってチョコレートを頂きます。

恥ずかしさで全身が硬直しました。

しかし、この「マンツーマン」型はまだ僕にとっては安心な方です。

本当の恐怖は帰り道にあります。

学校からの帰り道、あきらかに

「尾行」

されているんです。

しかも僕を尾行しているのは一人ではなく、複数の人間が僕を尾行しています。

僕が振り返ると、あちこちの電信柱の影に人が身を隠すのが分かります。

今思えばコントのような光景ですが、当時の僕にとっては

これはもう恐怖以外の何者でもありません。

今だったら、せっかく勇気を出して機会を伺ってくれている女子達にこちらから声をかけるくらいの余裕はありますが、当時の僕は帰り道のある地点から、猛然とダッシュで家に帰りました。

しかし、そこで恐怖のバレンタインデーは終わったわけではありません。

家に帰り着くと、今度は「家電」が鳴り始めます。

僕が電話をとると

「きゃーきゃー」

という複数の女子の声とともに切られる。

中にはまったく無言で切られる電話もありました。

そのやり取りを何度か繰り返しているうちに

「刺客」役の女子が外に出て来るようにうながしてきます。

そこでようやくバレンタインチョコレートをもらう、という儀式が行われていました。

当時の女子の気持ち

今であれば、一年を通じてLINEによるコミュニケーションが双方で取れます。

それ故に「告白」というチャンスは多いはずです。

しかし昭和の時代「異性に自分の思いを伝える」チャンスは限りなく少なかったわけです。

特に女子から男子に告白するチャンスは、それこそ一年に一度の「バレンタインデー」しか無かったんですね。

だからこそ、その一年に一度のたった一日に女子達は猛然と賭けていたように思います。

とりわけ困ったのが「手作りチョコレート」でした。

今のように「クックパッド」も無いんですよ。

手作りチョコレートのレシピの情報すら乏しい時代です。

それを無理矢理作って来るわけです。

岩のようにガチガチのチョコレートや、包みを開けると原型をとどめていないものなど信じられない「手作りチョコレート」のオンパレードでした。

しかし、今になって考えるとそれもまた当時の女子達の熱い思いの象徴なんですね。

本当にほろ苦くて、貴重な思い出です。

僕があやまりたい事

ここまで書けば、皆さんも分かると思いますが当時の僕は、バレンタインデーにチョコレートをくれた女子達に、一言もお礼を言う事が出来ませんでした。

彼女達も僕と同じように年をとり、今では母親になっている人も多いでしょう。

どこかで幸せに生活をしていて、僕のことなど覚えていないかも知れません。

しかし、僕は毎年バレンタインデーが来る度に、当時のあの日を思い出します。

そして毎年、ほろ苦い思い出を噛み締めます。

あれからおよそ30年。

ずっと言えなかった言葉を、この場を借りてお伝えしたいと思います。

勇気を出して、僕に贈ってくれたチョコレート

本当にありがとう。

今年のバレンタインデーの準備は?

今年のバレンタインデーの準備はもうお済みですか?

男性は例外無くシャイです。

「チョコレートなんて」

といっている男性ほど、あなたからのチョコレートを期待していますよ。

僕のバレンタイン記事をまとめます。

どうぞ、後生の記憶に残るような素敵なバレンタインを!

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