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43歳無職から介護士へ。起業、転職、失業、全てを経験した「ままる」が語る「幸せな生き方」とは?

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【スイッチ達人達】「神の手」の上山先生の言葉がやばい

こんにちは。絶賛無職中のままるです。

昨日の深夜、NHKのSWITCHインタビュー達人達「杉良太郎×上山博康」(再放送)を見て、心に残る言葉を聞いたので書いておきます。

doctor

 


上山博康とは

www4.nhk.or.jp

上山先生は「神の手」の異名をもつ脳神経外科医。メディアにも度々登場するのでご存知の方も多いと思う。

そんな上山先生が杉良太郎さんと対談するんだけど、上山先生の対応がまあ気さくでびっくり。

「医者」のイメージってあるじゃないですか。

やっぱり人から「先生、先生」と呼ばれ続ける人種ってお高くとまってますよね。

 

上山先生は番組の中でもそこに言及しています。

「確かに医者は高所からしかものを見ないエリートが多い。でもそれじゃダメだ」

「泥臭い人間の本質を知らなければ、人間を助ける事はできない」

上山先生自身も、37歳の時に執刀した手術が失敗し、ひとりの男性患者の命を奪った。

その手術を期に、考え方が大きく変わったと言っています。

人の命を司る職業、医師の最高峰にいる上山先生の言葉は、ものすごく重みがありました。

100点満点の手術は一度もない

未だ未解明な部分も多い人間の脳。

また少しの問題が、命の危機に直結する重大な部分であることは、素人の僕でもわかる。

他の医師が「不可能だ」という手術を請け負い、2万人以上の命を救って来た上山先生が

「100点満点の手術は一度も無い」

と言っていた。

満点を取れたら、そのときは引退の時

だから仕事は続けられる、と。

この言葉は全ての仕事論に通ずるんじゃないかな。

鳥肌がたつよ、まったく。

「神の手」ではなく「匠の手」

上山先生はその技術の高さから、「神の手」と呼ばれている。

しかしその呼び名は本人は嫌いらしい。

「匠の手」と呼んで欲しい。

なぜなら、「神の手」はその人が死んでしまえば無くなってしまう。

師匠から受け継いだ「匠の手」なら継承する事が出来る。

上山先生は今、後進を育てることに注力している。

「自分の経験を次の世代に引き継がなくてはいけない」という使命感がハンパない。

上山先生は自分のオペが終わると、どんなに疲れていてもその情景を絵にして残して来た。この「匠の手」が描いて来た「医療画」は医学界においてものすごく大切な資産になっているんだと思う。

弟子に任せてダメなら自業自得

杉良太郎さんが上山先生に面白い事を聞いた。

「上山先生が脳の病気になったら誰が手術するんですか?」

上山先生は迷い無く、自分の弟子にさせると言った。

「弟子にやらせてダメなら、自分の教えもそこまでだったということ。自業自得です」

医療の世界は職人の世界なんだなぁと感心した。

「凄いひと」には「凄い師匠」がいるものだ。

上山先生の師匠は若き日の上山先生に言ったそうだ。

論文は書くな、手術だけしろ

医者というのは僕らが思うほど、全てのひとが高待遇な訳では無い。

医者もサラリーマンなのだ。

論文を発表し自分の成績を上げ、地位を確立する。

これが普通の医者のスタンスだ。

でも上山先生の師匠は違ったらしい。

患者は「偉い医者」なんて必要としていない。

本当に「患者を治せる医者」が必要なんだ。

まとめ

ままるは若い頃、車が好きで知り合いの板金屋の工場に一日中いたこともあった。

へこんだドアをもとに戻す職人技。

くわえ煙草でなんなくこなす工場のオヤジの作業はみとれるほど鮮やかなものだった。

「匠の技」職人は本当に凄い。

自動車を直す職人も凄いが、人間を治す職人は究極だと思う。

僕らとは別次元と思ってしまいがちだ。

でも上山先生の言葉は、ものすごく身近でハッとさせられた。

「凄いひと」を自分と関係ないものとするより、「凄いひと」のなにか一部でも自分に取り入れようってスタンスが、僕ら一般人には必要なんじゃないかなって思う。